新型コロナウイルスの影響を受けてできた特例ルール、通所介護の報酬増。突然の決定に右往左往しているデイサービス事業者や居宅介護支援事業者。さらに利用者やその家族。
この特例の問題について掘り下げてみていきます。
・なぜ現場に混乱が生じているのか。
・何がそもそも問題なのか。
最新のQ&Aの情報なども含めて紹介していきます。
この記事の目次
突然打ち出された特例による報酬増
はじまりは、厚生労働省が発表した介護報酬の算定ルール特例です。
新型コロナウイルスの流行によって“利用控え”などが広がっている通所介護について、厚生労働省は1日、介護報酬の算定ルールの特例を新たに打ち出した。
毎月一定の回数に限って、実際にサービスを提供した時間の報酬より2区分上位の報酬を算定できるとした。例えば2時間以上3時間未満の場合、4時間以上5時間未満の報酬を受け取ることが可能になる。
全ての通所介護、地域密着型通所介護、認知症対応型通所介護の事業所が対象。経営に深刻な影響が出ていることを踏まえた支援策で、事実上の臨時的な報酬アップとなる。6月1日から適用。
厚労省は全国の自治体に通知を出して伝えた。現場の関係者に対し、介護保険最新情報のVol.842で広く周知している。
介護のニュース JOINTより
この特例の基本ルールについて、詳しくは厚生労働省がリリースしている介護保険最新情報Vol.842に掲載されています。
今回のテーマはこの介護保険最新情報Vol.842です。
2区分上位の報酬とは
この記事にも出てきた「2区分上位の報酬」とは何のことか。
デイサービスの介護報酬はどうやって決められる?
まずは、デイサービスの介護報酬について簡単に説明します。
デイサービス、地域密着型通所介護、認知症デイサービス、通所リハビリテーション。これらのいわゆる「通所系サービス」の基本報酬を決める要素は複雑です。ちょっと長くなりますが、説明します。
まず事業所の規模です。小規模型は地域密着型通所介護に移行しましたが、通常規模型、大規模型など、事業所の利用定員数によって事業所の規模が決定します。事業所の規模に応じて介護報酬の金額は異なりますが、基本的に小規模の事業所の方が一人の利用者当たりの単価が高いと覚えておきましょう。
次に利用者の要介護度です。総合事業の通所型サービスとなる要支援の方を除くと、デイサービスの利用者は要介護1~5の認定を受けた人が利用します。利用者の要介護度ごとにデイサービスが受け取る介護報酬は異なります。要介護度が重い利用者の方が、それだけ介護に手間がかかるとされているので(実際はそうとは限らない)事業所が受け取る報酬は高くなります。
そして最後に今回問題になっている時間区分です。デイサービスのサービス提供時間によって介護報酬は異なります。当然のことながら、サービス提供時間が長ければその分デイサービスが受け取る報酬は高くなります。
事業所規模・要介護度・サービス提供時間によって決められる基本報酬に加えて、事業所が算定する加算を上乗せしたものが事業所が介護保険で請求できる総単位数となります。
デイサービス(通所介護)だけでなく、通所リハビリテーションなども単位数自体は異なりますが、同じように介護報酬が決められています。
その前提のもと、厚生労働省が定めた特例がどのように影響するかについて説明していきます。
2区分上乗せ特例とは、サービス提供時間の2時間水増し
つまり、「2区分上位の報酬」というのは何か?
それは、時間区分を2区分上乗せするというものです。
つまり、実際のサービス提供時間よりも、2時間水増しして請求していい、ということです。
水増し請求なんて絶対アウトじゃん。っていう話ですが、これは特例です。
実際のサービス提供時間が6時間以上7時間未満(ロクナナ)だった場合、実際のサービス提供時間に2時間分を水増しして8時間以上9時間未満(ハチキュウ)というサービス提供時間で報酬を請求できるという特例です。
特例を使うことで事業所が受け取る介護報酬がどのくらい違うのかというと、下の表を見てみましょう。
ここで例が出ています。
例えば通常規模6時間以上7時間未満のサービス提供を行っているデイサービス。あとで説明しますが、B群というカテゴリに入ります。通常であれば要介護3の利用者が1日利用した時の基本単位数は784単位です。それに今回の特例を適用します。2区分(2時間)水増しをして、8時間以上9時間未満となると、単位数は902単位です。
その差は118単位。地域加算を考えなければ利用者一人当たり1,180円分ですね。30人の利用者がいたとしたら、35,400円ですね。でかいですね。
それだけではなく、処遇改善加算や特定処遇改善加算は総報酬単価に掛け算をして加算される金額が決まるので、基本報酬単価が上がると処遇改善加算・特定処遇改善加算も増えます。
でも全部のサービス利用に適用されるわけではありません。
算定できるのは、5時間未満は月に一回、5時間以上は提供回数を3で割った回数(最大4回まで)
何回までこの特例水増しが適用できるか。これが非常にややこしい。
まず、サービス提供時間によって、A群とB群に分けます。以下の表のとおりです。
それではA群とB群、それぞれに算定方法を見ていきましょう。
A群(短時間デイ)の場合
A群は簡単に言うと短時間のサービス。いわゆる「半日デイ」と呼ばれるものです。
食事や入浴の提供を行わずに運動機能向上を目的にしたプログラムを提供するところのイメージですね。
2時間以上3時間未満から4時間以上5時間未満が該当します。
短時間デイのA群は月に一回まで2区分上位の介護報酬を算定できます。
週1回のペースで利用している人、月に4回サービスを利用している人は、一か月に一度だけ水増し請求分が乗っかかります。
例として、通常規模で要介護3の利用者、3時間以上4時間未満で加算なしのデイサービスを週1回(月に4回)利用している場合を想定します。
通常の基本単位数が472単位なので、本来は472(単位)×4(回)=1,888単位です。
ただ、今回の特例ルールを適用すると、その月に利用したうち1回は2区分水増しされるので、5時間以上6時間未満が算定できます。月4回利用した場合は、1回が765単位、残りの3回が472単位となります。となると、(765×1)+(472×3)=2,181単位となります。293単位増えていますね。
月に一回分ということであれば比較的わかりやすいです。ややこしいのはB群ですね。
B群(一日デイ)の場合
B群は5時間以上6時間未満以上の時間区分のデイサービスです。大抵のデイサービスは食事の提供や入浴の提供などを行うデイサービスですね。
これはちょっとわかりにくいです。
サービス提供回数を3で除した数(端数は切上げ)と4回を比較し、少ない方の数について、2区分上位の報酬区分を算定可能
介護保険最新情報Vol.842より
サービス提供回数を3で除した数して、4回と比較・・・?わかりにくい。
つまり、利用回数を3で割って、あまりが出る分は切り上げ。最大で算定できる回数は月4回まで、というルールですね。
例えば、通常規模6時間以上7時間未満でサービス提供している加算のないデイサービス。要介護3の利用者が週に2回(該当月は8回利用したとします)利用しているとしましょう。
通常であれば784(単位)×8(回)=6,272単位が一か月の利用単位数です。
そこに今回の特例を適用します。
8回のサービス利用があるので、これをまず3で割ります。8÷3=2.66666・・・。
端数は切り上げるので、3になります。この「3」が特例で水増し請求できる回数です。
つまり、8回利用のうち、3回は水増し請求でき、残りの5回は通常の単位単位数の請求となります。
6時間以上7時間未満の時間区分(784単位)でサービス提供した場合、特例で水増しすると、3回まで8時間以上9時間未満(902単位)での算定ができます。
計算すると(902×3)+(784×5)=6,626単位となります。特例により、354単位分が介護報酬に水増しされたことになります。
下の資料を見ていただくとわかりやすいと思いますので、参考にしてください。
なぜ特例が生まれたか
そもそも、なぜこのような特例が生まれたのか。
介護保険サービス事業所のうち、今回の新型コロナウイルス感染拡大によって一番経営的な影響を受けたのはデイサービスを始めとした通所系サービスです。
感染予防のためにデイサービスの利用をやめる人、感染リスクのために自粛や休業という選択をとったデイサービスもあります。蜜な環境を避けるために利用定員を減らしたり、通常一日で行っていたデイサービスの時間を半日の短時間に変更したりするところもありました。当然、受け取る介護報酬は少なくなります。
それだけでなく、感染予防のために、消毒やマスク・手袋等、様々な衛生物品が必要とされました。換気のためのサーキュレーターを購入するところもありますし、コストもかなり増えています。
残念なことに、今回の新型コロナウイルスの影響を受けて、デイサービス事業所には閉鎖を余儀なくされているところもあります。
そこで、デイサービスの支援として、今回の特例が生まれたということです。
そこでひとつ問題があります。それは、今回はデイサービスの報酬増にはなるものの、それと同時に利用者負担も増えるということです。
介護報酬増=利用者負担も増える
ご存じのことかと思いますが、介護保険サービスは応益負担の原則をとっていますので、サービス利用に伴って、利用者には1割から3割分の自己負担が発生します(利用者の所得状況に応じて負担割合は異なります)。
今回の報酬水増しについてですが、利用者自己負担にも影響します。
負担割合によっては大きな負担増に
例で紹介した通常規模デイサービスB群(一日デイ)の利用者、要介護3の方の例でいうと、一か月の単位数が354単位分増えています。
地域加算なしの地域で考えれば、1割負担の利用者で354円の自己負担が増えていることになります。
たかが354単位といっても、もしデイサービスが1級地(東京都特別区)の地域加算がついて、利用者自己負担が3割だったとしたら一か月の自己負担は1,158円も増えることになります。
サービスの内容が変わっていない、もしくは今までよりも制限が増えてデイサービスの満足度が低下している中、自己負担が跳ね上がることに不満を感じる方は少なくないでしょう。
請求するか否かは事業所の判断で
この特例の請求についてですが、すべての事業所で統一して請求水増しが行われるわけではありません。
提供したサービス時間の区分に対応した報酬区分の2区分上位の報酬区分を算定する取扱いを可能とする
介護保険最新情報Vol.482
あくまで、「可能とする」なので、算定しなくてもいいわけです。
実際、算定しない事業所も多いです。
なぜか。それは単純です。利用者負担が増えるからです。
利用者負担を増やすためにはちゃんと説明して同意を得ないといけないわけですから、準備も必要です。
6月から適用のルールを6月1日に発表する厚生労働省
でも、そのルールが発表されたのは6月1日です。もう6月サービス提供始まってるじゃん。すでに始まってから、6月分から水増しされますって言われて、利用者側も当然納得できないですよね。
説明をするための準備期間も何もなく適用はできないと6月分の適用をあきらめた事業所もあります。なぜ6月1日になってから発表するかなと。
厚生労働省が発表したQ&Aではこのように書いてあります。
問3
第12報における取扱いを適用する際には利用者への事前の同意が必要とされているが、
①サービス提供前に同意を得る必要があるのか。
(答)
①同意については、サービス提供前に説明を行った上で得ることが望ましいが、サービス提供前に同意を得ていない場合であっても、給付費請求前までに同意を得られれば当該取扱いを適用して差し支えない。
Q&Aより
(例えば、6月のサービス提供日が、8日・29日である場合、同月の初回サービス提供日である6月8日以前に同意を得る必要はない。)
同意を得ることは必要としながらも、サービス提供の初回までに同意をとらなくてもいいとしています。給付費請求前に同意をとっていればいいと。つまり、6月分の請求を7月10日にするのであれば、7月10日までに同意をもらっていればいいと。
そんなアホな。
ボッタクリバーじゃあるまいし。そんな後出し請求なんて、Q&A出されても、誰も納得できないでしょう。
ショートステイも水増しが適用されるのですが、もうショートステイが終わってから、後になって料金高くなりますので追加で支払ってもらいます、とか言われても、はあ?ってなるでしょ、普通。
厚生労働省は利用者を何だと思っているのでしょうか。
デイサービスだけでなく、ケアマネも困惑。
さらに、ケアマネも困惑しています。
問3
第12報における取扱いを適用する際には利用者への事前の同意が必要とされているが、
②利用者への同意取得は、当該取扱いによる介護報酬の算定を行う事業所あるいは居宅介護支援事業所のいずれにより行うのか。
(答)
②当該取扱いによる介護報酬の算定を行う事業所、居宅介護支援事業所のいずれにより同意取得を行っても差し支えなく、柔軟に対応されたい。
Q&Aより
なお、当該取扱いを適用した場合でも区分支給限度額は変わらないことから、利用者への説明にあたっては、当該取扱いによる介護報酬の算定を行う事業所と居宅介護支援事業所とが連携の上、他サービスの給付状況を確認しておくこと。
居宅介護支援事業所から同意取得を行ってもいいとか言っちゃう。
デイサービスもこの特例を適用することで利用者負担が増え、批判されるのも覚悟の上で算定しているんでしょうけれど、それをケアマネに説明させて同意をとれと。
個々のデイサービスで判断して請求金額を増やすのに、なぜケアマネがここに説明をしなければいけないのか。
例えば複数のデイサービスを利用している利用者に、こっちのデイサービスは追加料金発生しますが、こっちのデイサービスは発生しません。とかって、説明させて同意とるとか、おかしくないですか。
料金も含めた利用者とデイサービスとの間の直接契約じゃないですか。ケアマネが説明はそもそもおかしい。
そして、一番厄介なのは次です。
区分支給限度額に変更はない
このように書いてあります。
留意事項
・当該取扱い等の実施により、区分支給限度基準額の取扱いに変更はないこと。
介護保険最新情報Vol.847
ということは、デイサービスの区分水増しの影響で総単位数が増え、限度額をオーバーした分は、全額自己負担になるということです。
介護保険で要介護度ごとに定められているサービス利用の限度枠を区分支給限度額といいますが、それを超過した分のサービスは保険適用できないため、全額自己負担となります。
今回の水増しで限度額をオーバーして全額自費サービス利用が発生しまう利用者が出る可能性もあるということです。これは結構でかいです。
自己負担が増える怒りの矛先を、利用者はどこに向けていいのでしょうか。
同意を得られなかったらどうなるのか
では、同意が得られなかったらどうなるのか。
同意が得られなければ、特例が適用されないということです。
つまり、通常通りの単位数での請求になります。
要は、水増し請求されることを「いやだ」って突っぱねればいいってことです。そう、この特例を適用するかどうかは、事業所で利用者別に請求できるわけなので、算定する人算定しない人がでる可能性もあるのです。
区分支給限度額をオーバーしてしまうから、お金がないから請求しない、なんて人がデイサービスの中にいるとどうでしょう。利用者同士でそんな話になったりしたら、不公平だとか文句も当然出ます。そこに本来外野のケアマネまで駆り出されたりするわけです。たぶん。
これ、厚生労働省がわざと請求しにくいシステムを作っているとしか思えないですね。
利用者全員がゴネたら、特例を使うことができないので、事業所に入るお金は一円たりとも増えないわけですから、このデイサービスには何の恩恵もありません。
ひどい話です。
なぜデイサービスの支援を介護報酬で行おうとしたのか
そもそもここがおかしいんです。
デイサービスが経営苦しくなっているので、それを支援します。そりゃわかります。
だったら、利用者負担にもつながる介護報酬ではなく、別の形で行うべきだったんじゃないでしょうか。
都道府県(地域密着型通所介護であれば市町村)から助成金を申請できるようにすればそれで済む話です。もしくは、直近の介護報酬請求の状況を見て介護報酬として事業所に支払われる分に上乗せがされるとか、一律いくらで支給しますとか、いくらでも方法はあったんじゃないかと思います。
今に始まったことじゃないですが、厚生労働省の考えることはよくわからない。
ひとつ考えられることとしたら、あらたに助成金とかの枠組みを作るのはお金もかかるし、手間もかかる。でも介護報酬に上乗せするんだったら、既存の枠組みを使うので、別に新たな枠組みを作らなくてもいいじゃん、っていうことなんでしょうかね。
せこい。せこすぎる。
事業所支援のための枠組み作りをケチったがために、結局、経営苦しくなっているデイサービスが支援を受けられなかったりする事態はそもそも本末転倒なんですけど、どうして厚生労働省にはそれがわからないのか、不思議でなりません。
まとめ
簡単にまとめます。
・新型コロナの影響を受けて、通所系サービスとショートステイの報酬上乗せが決定
・でも利用者負担は増える
・区分支給限度額は変わらないので限度額をオーバーすれば全額自己負担分も発生
・同意を得られなければ算定できない、ゴネ得ルール
・だいたい6月から算定できるルール、発表するのが6月1日って
・算定したくても利用者負担を考えるとできない事業所が多数
・本当にこれ、事業所の支援になるの?
・既存の枠組みの中でやろうと、ケチった厚生労働省の罪は重い
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